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神戸地方裁判所 平成4年(ワ)1242号 判決

原告

河上勝

被告

神姫タクシー株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、金二六八万一九一八円及びこれに対する平成元年一月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金一一五四万八六二九円及びこれに対する平成元年一月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実など

1(本件事故の発生)

原告は、平成元年一月一五日午後零時五〇分頃、神戸市中央区新港町四番先路上において、タクシー(以下「原告車」という)を運転して停車中、被告従業員の訴外岩松喜一郎運転のタクシー(以下「被告車」という)がその前方の訴外梶原助啓運転のタクシー(以下「梶原車」という)に追突したため、その衝撃で梶原車が前方に押し出されて原告車に追突した(右事実中、本件事故の発生時刻及び追突態様に関する事実は、甲一号証及び原告本人の供述によつてこれを認める)。

2(被告の責任)

被告は、本件事故当時、被告車を所有し、これを自己の運行の用に供していた。

3(原告の通院経過)

原告は、本件事故後、以下のとおりの診断名に基づき、通院して治療を受けた(甲二号証の一ないし二〇、三号証、五号証の一、乙一号証の一 ・二、二号証、三号証の一ないし三、五、六号証、原告本人の供述)。

(一)  平成元年一月一七日から平成二年八月三一日まで

頚椎捻挫、胸椎捻挫 国仲病院(実治療日数四〇八日)

(二)  平成元年四月八日から同年一〇月一一日まで

両感音性難聴、両耳鳴り、めまい

梅谷耳鼻咽喉科クリニツク(実治療日数二三日)

(三)  同年一一月一四日から同年一二月一二日まで

頚髄損傷 兵庫県立成人病センター(実治療日数三日)

二  争点

本件では、原告の損害額の算定が争点であるが、当事者双方の主な主張は以下のとおりである。

1  本件事故と相当因果関係のある治療と休業

(原告の主張)

原告は、本件事故による受傷に基づき、後頚部及び背部痛、耳鳴り、難聴等の症状が続き、治療を要したため、平成二年八月三一日までの間、就労できる状態にはなかつた。

(被告の反論)

本件事故は、いわゆるむちうち事故であり、通常の場合、事故後三か月程度で症状の軽快がみられるところ、原告の傷病については、本件事故後約六か月が経過した平成元年七月一五日頃には、国仲病院において既にいつたん症状固定との診断を受けたのであるから、原告のその後の治療と休業は本件事故と相当因果関係がない。

また、本件事故のために追突の被害を受けたのは、原告以外にも、原告車の乗客と梶原車の梶原運転手及び乗客四名がいるが、同人らはいずれも極めて軽微な被害にとどまつており、原告のみが突出して漫然と長期治療を受け続けたのである。

2  後遺障害の有無と本件事故との間の相当因果関係の有無

(原告の主張)

原告は、本件事故による受傷のため、平成二年八月三一日、後頚部及び背部の運動痛、舌の味覚障害、耳鳴り、難聴、中指の痺れや頚椎の骨棘形成、前縦靱帯石灰化、椎体の変形・亀裂等の後遺障害を残して、症状が固定した旨の診断を受けたが、右後遺障害は少なくとも自賠法施行令後遺障害等級一二級に該当する。

なお、被告は、原告の後遺障害の存在及びそれと本件事故との間の相当因果関係の存在を争うが、国仲病院の担当医の診断内容からみて、右後遺障害が存在し、それと同事故との間に相当因果関係の存在することは明らかである。

(被告の反論)

原告主張の後遺障害のうち、後頚部及び背部の運動痛は前記症状固定時の平成元年七月一五日頃には既に軽快していたから後遺障害と評価すべきものではないし、また、舌の味覚障害、耳鳴り、難聴、中指の痺れ等は原告本人の主訴のみに基づいており、右症状を訴え出した時期が本件事故後二、三か月を経過してから後のことであり、原告が後記のとおり高血圧症に罹患していたことからすると、同事故と相当因果関係のある障害とは認め難い。

さらに、頚椎の骨棘形成、前縦靱帯石灰化、椎体の変形・亀裂等については、本件事故による衝撃の軽微性や同事故直後の症状や治療内容等に照らすと、同事故によつて初めて急激に生じたとは考えられず、いずれも加齢による経年的ないし体質的変化によるものというほかなく、同事故と相当因果関係のある障害とは認め難い。

3  身体的他疾患及び心因的要因の寄与による減額

(被告の主張)

仮に、本件事故による原告の受傷について平成元年七月一五日頃以降も治療が必要であつたとしても、右治療の長期化については、原告が既往症として重症の高血圧症に罹患していたことや、国仲病院の担当医から「心身症様抑うつ状態」にあると指摘されたように心因的要因が大きく寄与したと考えられるから、原告の損害額の算定においては右事情の寄与による減額(割合的認定)がなされるべきである。

(原告の反論)

原告には、本件事故前、高血圧に基づく症状など全くなく、タクシー運転手として相当の激務に従事しており、何ら身体的異常がなかつた。

また、被告の事故係担当者は、本件事故後早期示談解決を求めて国仲病院に押し掛けるなどし、治療継続中の原告をことさら困惑させたのであつて、そのような態度を取つた被告が本訴において原告の精神状態を議論し、これを損害の減額事由として主張すること自体おこがましいのであつて、失当である。

したがつて、本件では、原告の身体的他疾患及び心因的要因を理由として割合的認定をなすべきではない。

第三当裁判所の判断

一  原告の本件事故前後の症状と治療経過

前記争いのない事実と証拠(甲一号証、二号証の一ないし二〇、三号証、五号証の一、六号証の一、七、一〇、一一号証、乙一号証の一・二、二号証、三号証の一ないし三、四ないし一一号証、一二号証の一ないし三、一四号証の一・二、検乙一及び二号証の各一・二、三号証、証人栗原善太郎医師(以下「栗原医師」という)及び同河村圭介の各証言、原告本人の供述)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。

1  原告(昭和一〇年八月五日生)は、当初、建築関係の自営業を営んでいたところ、昭和六二年頃からタクシー会社に勤務してタクシー運転手として稼働するようになり、本件事故当時(満五三歳)は、訴外安全タクシー株式会社に勤務していたが、通常の勤務を続けていた(なお、原告は昭和六三年九月二一日から数十日間にわたつて休職したことがあつたが、これはスピード違反による免許停止処分に基づくものであつた。)。

もつとも、原告は、同社に就職する際の健康診断において、血圧が高い旨(一七〇~一〇〇)の指摘を受けていた(乙一二号証の一ないし三)。

2  原告は、本件事故当日(平成元年一月一五日。土曜日)、同事故に遭つた際、女性客を後部座席に乗せて停車中であつたところ、渋滞中の進路前方の様子を見るために上半身を横向きにしていたが、追突による衝撃のために身体が揺れ、頚部に痛みや不快感等を覚えた。

なお、原告車は、本件事故によつて、後部バンパーやトランク等に損傷が生じた。

3  原告は、本件事故後、前記乗客を送り届けた後、同事故の関係者らとともに警察官による実況見分に立ち会つたが、帰宅後安静にしていたにもかかわらず、後頚部から背部にかけての痛みのほか、冷感、吐気、味覚低下等が現れて改善しなかつたため、同月一七日(月曜日)、国仲病院を受診し、栗原医師の診断を受けた。

4  栗原医師は、右診察時において、原告の後頚部から背部にかけての顕著な運動痛や圧痛を認め、また、レントゲン検査では、第二頚椎歯突起・傾斜、第二ないし第六頚椎椎間孔の変形・狭少化、第四ないし第六頚椎椎体の一部変形、さらに骨棘形成や前縦靭帯石灰化等(以下、これらを「本件頚椎変形」という)と胸椎の一部変形等が認められ、血圧検査では二〇〇~一一四の高い数値であつたが、それ以外の異常所見がみられなかつたため、「頚椎捻挫、胸椎捻挫」と診断した。

5  原告は、栗原医師から入院を勧められたものの、家庭の事情から通院治療を希望したため、翌一八日以降症状固定と診断された平成二年八月三一日までの間、概ね三日に二日くらいの割合で通院し、その間、継続して、消炎鎮痛剤、循環改善剤等の投与、牽引や理学療法等による治療を受けたほか、精神安定剤・抗うつ剤(グランダキシン、ルジオミール等)の投与を受けた。

6  原告は、その間、後頚部から背部にかけての痛みや吐気等は次第に軽減したが、その一方で、血圧の高いときがあり(例えば、国仲病院のカルテでは平成元年一月二〇日には一九〇~一二二、同年三月二二日には一九〇~一三〇、同年六月二日には一七〇~一〇〇、平成二年三月九日には二〇六~一三〇、同年七月二日には二一二~一三四と記載されている。)、さらに、平成元年三月二〇日頃から「ピー」というような両耳鳴り、頭重感、めまい等を訴え、また、同年四月七日頃から難聴を訴えるに至つた。

7  そこで、栗原医師は、原告に対し頭部CTスキヤン検査を行つたところ、異常が認められなかつたものの、梅谷耳鼻咽喉科クリニツクを紹介した。

原告は、翌八日、同クリニツクを受診し、「両感音性難聴、両耳鳴り、めまい」との診断を受け、その後同年一〇月一一日頃までの間投薬及び耳管通気等の治療を受けた。

8  ところで、原告は、本件事故後前記勤務先会社を休職していたが、復職を望み、同年三月一六日から同年四月三日までの間、身体慣らし的に一定時間に限つてタクシー運転手として稼働したが、前記耳鳴り、めまい等のために十分な仕事ができなかつたため、再び休職を続け、その後退職した。

9  その間、被告の事故係である河村圭介は、同年三月頃以降、再三にわたつて、一人で又は原告の勤務先会社の事故係と一緒に栗原医師を訪ね、原告の症状の内容や症状固定時期等を質問したりしたが、同医師は、同年七月一五日、いつたん症状固定の時期にあると考えてその旨をカルテ(乙三号証の一の同日欄)に記載したが、原告と河村ら間で右症状固定についての合意ができなかつたため、正式な症状固定との診断を行わず、さらに治療を継続することになつた。

10  原告は、同年一〇月初旬頃から、さらに上額部や口唇(三叉神経領域)及び右中指等の痺れを訴えるようになり、その後、平成二年八月三一日に至つて、国仲病院において、自覚症状として、後頚部及び背部の運動痛、舌の味覚障害、耳鳴り、難聴、顔面及び右中指の痺れ等があり、他覚的な症状として、本件頚椎変形、頚椎の運動制限等が残つた状態で症状固定した旨の診断を受けた。

なお、原告は、同病院において、前記のとおり高血圧を示す検査値が出ていたものの、軽い降圧剤の投与を受けた程度であり、未治療とされた。

11  また、原告は、その間、兵庫県立成人病センター脳神経外科において頚椎MRI検査を受けたが、頚髄の圧迫等の所見は認められず、三叉神経領域の知覚障害及び味覚障害について病変部位を同定できないものの、骨髄の微細な損傷の可能性があるかもしれないとして、「頚髄損傷」との診断を受けた(乙二号証)。

そして、原告は、前記症状固定後も、症状の改善を求め、平成三年一一月頃までの間、国仲病院や神戸大学医学部付属病院、国立神戸病院に通院して治療を受けたが、前記9の自覚症状は必ずしも軽減しなかつた。

12  そして、原告は、ようやく右一一月頃から荷物の配達、揚げ降ろし等の仕事に就くようになつたが、現在でもなお、体動時の後頚部及び背部痛、耳鳴り、口周辺や右中指の痺れ等の症状が残つている。

13  なお、本件事故によつて人身被害を受けた梶原車の梶原運転手及びその乗客と原告車の乗客については、いずれも早期に治療が終わり、あるいは被告との間で既に示談が成立するに至つている。

二  原告の各症状と本件事故との間の因果関係の有無

1  前記一で認定した事実関係、特に、本件事故時に原告の受けた衝撃の程度とその際の原告の姿勢、後頚部から背部にかけての痛みを含めた頚椎捻挫の症状の発現経緯と治療経過、その後に訴えるようになつた耳鳴り、難聴、めまい、上額部及び口唇や右中指等の痺れ等の症状の内容、原告には本件事故前には高血圧以外にさしたる既往症がなかつたこと等に加え、いわゆるむちうち損傷における難治化を来す場合の一つとして、めまい、耳鳴り、難聴、眼精疲労、咽喉頭部の障害等の自律神経系症状(バレリユー症状)が伴うことがあること、そして、右めまい、耳鳴り、難聴等の症状は、外傷後の急性期を過ぎてから自覚される場合が多いことは一般によく知られた事実であること、さらに、証拠(前記栗原医師の証言、甲一〇号証)によると、国仲病院の主治医栗原医師は、原告の耳鳴り、難聴、めまいは本件事故による頸椎捻挫に起因するものと判断していること、国立神戸病院では、原告の傷病名の一つとして「バレリユー症候群」の診断をしていることが認められ、以上の各事実を総合して考えると、原告が本件事故後に訴えた各症状は、いずれも同事故による頸椎捻挫に起因して発生したと認定することができるというべきである。

なお、原告の前記高血圧症が右症状の長期化ないし悪化に対し一定の割合をもつて寄与したと認めるべきことは、後記四において判示するとおりであるが、前記症状と本件事故との間の因果関係自体は右説示のとおりこれを肯認できるとするのが相当である。

2  そして、前記認定説示にかかる原告の症状の内容及び難治の程度とその推移、治療経過等からすると、原告の症状固定時期については、甲七号証記載のとおり、平成二年八月三一日に至るまでなお通院治療を必要とする状態にあり、右時期をもつて症状固定に至つたとするのが相当である。

この点について、被告は、平成元年七月一五日頃をもつて症状固定に達した旨主張するが、右同日における栗原医師の判断とカルテの記載経過は前記一9で認定したとおりであり、右時点において確定的に症状固定との診断がなされたものとは未だ認め難いから、被告の右主張は採用できない。

また、被告は、原告の症状が梶原車及び原告車の各乗客の被害の軽微さと対比して突出しているなどと主張するが、そもそも乗客それぞれの身体的条件や衝撃を受けた際の姿勢の如何等によつて、追突事故によつて受ける衝撃の程度や負傷の内容及び程度か異なり得ることは明らかであるから、前記認定にかかる同事故時に原告の受けた衝撃とその際の姿勢等からすると、原告の症状が右乗客らと対比して相当重いものになつたとしても、それだけをもつて不相当とすることはできず、被告の右主張は直ちには採用できない。

三  損害額の算定

1  治療費 合計金三七万五一五〇円

(一) 梅谷耳鼻咽喉科クリニツク(甲四号証) 金三四万六九八〇円

(二) 兵庫県立成人病センター(甲五号証の一) 金二万八一七〇円

2  文書代(請求額金一万五六三〇円) 金一万〇〇三〇円

証拠(甲二号証の二一、五号証の二・三、六号証の三)及び弁論の全趣旨によると、原告は、文書代として合計金一万〇〇三〇円の支出を要したことか認められるが、その余の文書代については支出を認めるに足りる証拠はない。

3  通院交通費(甲九号証、原告本人の供述) 金二九万六一〇〇円

4  休業損害(請求額金七一四万三一〇〇円) 金五一六万〇三七七円

(一) 要休業期間と休業を要した程度

まず、原告が前記勤務先会社にタクシー運転手として稼働し、本件事故前には前記免許停止期間を除いて通常の勤務を続けていたこと、原告が同事故後しばらくの間身体慣らし的に復職したものの仕事に耐え得る状態ではなかつたこと及びその後の症状の内容及び程度、治療経過と就労再開に至るまでの経過は、これまでに認定説示したとおりである。

そして、証拠(乙三号証の一)及び弁論の全趣旨によると、国仲病院における原告のカルテにおいては、遅くとも平成二年一月中旬以降は、症状のさしたる悪化を示すような記載は全くなくなり、単に投薬、ジアテルミー、低周波、頸椎牽引等の治療が継続されたことが認められる。

以上の事実関係を総合して考えると、原告の症状固定時期については前記のとおりこれを平成二年八月三一日とするのが相当であり、その間の通院治療の必要性自体を否定すべきではないものの、本件事故と相当因果関係のある要休業の程度については、平成元年一月一六日(本件事故の翌日)から平成二年一月一五日までの一年間はすべて休業を要する状態にあつたが、その後、同月一六日から同年八月三一日までの間(二二八日間)については、その治療の長期化と治療内容等に照らし、同期間全体を通じ、就労に対する支障ない制約の程度は三割にとどまると認めるのが相当である。

(二) 原告の収入額

次に、証拠(甲八号証、乙一二号証の一ないし三、原告本人の供述)によると、原告は、本件事故前、勤務先会社から、平成元年九月分(八月二一日から九月二〇日までの勤務分)として金三〇万九七一〇円(なお、一〇月分は休職のため無給)、一一月分(一〇月二一日から一一月二〇日までの勤務分。ただし、実働は一一月八日から同月二〇日までの一三日間)として金一六万〇三〇〇円、一二月分(一一月二一日から一二月二〇日までの勤務分)として金四〇万四四八〇円の各給与を得ていたことが認められる。そして、右一一月分については、一三日間の勤務日数を三〇日の勤務日数に引き直して計算すると、金三六万九九二三円(円未満切捨て。以下同じ)となる。

そこで、以上の九月分、一一月分及び一二月分の各給与を平均すると、原告の月額給与は金三六万一三七一円と認められる。

(三) 以上に基づき、原告の平成元年一月一六日から平成二年八月三一日までの間の休業損害を計算すると、次の算式のとおり、合計金五一六万〇三七七円となる。

三六万一三七一×一二+三六万一三七一÷三〇×〇・三×二二八=五一六万〇三七七(円)

5  後遺障害による逸失利益(請求額金二六四万九五八〇円) 金五九万二一四二円

(一) 原告の後遺障害の内容及び程度

まず、原告には、前記症状固定時以降において、体動時における後頸部及び背部痛、耳鳴り、難聴、口周辺や右中指の痺れ等の症状が残存していることは、前記一で認定したとおりである。

そして、右認定にかかる後遺障害の内容及び程度からすると、右後遺障害は、局部に神経症状を残すものとして自賠法施行令後遺障害等級一四級一〇号に該当すると認めるのが相当である。

なお、原告は、本件頸椎変形についても本件事故によつて生じた後遺障害である旨主張するが、証拠(乙三号証の一、三号証の三の三枚目、検乙三号証、栗原医師の証言)によると、国仲病院において本件事故後二日目の平成元年一月一七日に撮影された頸椎のレントゲン写真では、既に骨棘形成が認められるとされていること、また、栗原医師は、本件頸椎変形は同事故によつて生じたものと推測しているものの、同事故前の頸椎のレントゲン写真がなければ、加齢性のものとの正確な区別はできないとする趣旨の証言をしていることが認められ、右事実に照らして考えると、本件頸椎変形が同事故によつて生じたとまでは認め難いといわざるを得ない。したがつて、この点に関する原告の主張は採用し難い。

そして、原告の前記後遺障害の内容及び程度といわゆる労働能力喪失率表を斟酌して考えると、原告は、右後遺障害によつて、前記症状固定時から三年間にわたつてその労働能力を五パーセント喪失したと認めるのが相当である。

(二) 逸失利益の算定

前記4(二)で認定した原告の収入額を基礎として、中間利息の控除について新ホフマン計算式を用いて、右後遺障害による逸失利益の現価額を計算すると、次の算式のとおり、金五九万二一四二円となる。

三六万一三七一×一二×〇・〇五×二・七三一〇=五九万二一四二(円)

6  慰謝料(請求額合計金三九五万円) 金二〇五万円

原告の受傷の内容及び程度、通院期間等を含む治療経過、本件事故の態様等によると、受傷による入通院慰謝料は金一三〇万円が相当であり、また、前記後遺障害の内容及び程度、現在の生活状況等によると、後遺障害による慰謝料は金七五万円が相当である。

7  損害額の小計 金八四八万三七九九円

四  身体的他疾患及び心因的素因の寄与

1  被告は、原告の損害額の算定においては、既往症として高血圧症に罹患していたこと及び「心身症様の抑うつ状態」等の心因的要因が治療の長期化に寄与したとして、これらの事情の寄与による減額を主張する。

2  そこで、検討するに、一般に、交通事故の被害者が罹患していた疾患や心因的要因が損害の発生ないし拡大に寄与した場合、損害額の算定に当たり、損害の公平な分担の見地から、民法七二二条二項の規定を類推適用してこれを斟酌することができると解すべきである(最高裁判所第一小法廷昭和六三年四月二一日判決・民集四二巻四号二四三頁、同小法廷平成四年六月二五日判決・民集四六巻四号四〇〇頁参照)。

これを本件についてみるに、原告が本件事故前において既に健康診断の際に高血圧の指摘を受けたことがあり、また、同事故後の国仲病院における通院治療期間を通じて極めて高い血圧値を示すときがあつたこと、もつとも、同病院では、原告の高血圧に対して必ずしも十分な治療がなされなかつたこと、また、原告が自らの家庭の事情によつて入院せず、しかも早期復職を希望し、いつたん身体慣らし的に復職してみたもののうまく行かず、被告の事故係との間でも示談交渉に関して対立したこと、原告が同病院の初診時以降精神安定剤や抗うつ剤の投与を受け続けたことは、前記一で認定したとおりである。

さらに、証拠(乙一号証の一の六枚目、三号証の一、六号証、一五号証、栗原医師の証言)及び弁論の全趣旨によると、栗原医師は、原告につき、心身症様の抑うつ状態にあると考え、また、血圧値と症状からみて本態性高血圧症ではないかと考えたこと、そして、一般に、高血圧症患者の場合、心身症的な症状を示すことがあり、抑うつ状態や耳鳴り、難聴等の症状が現れる事例のあることが認められる。

以上の事実関係を総合して考えると、原告の本件事故後の症状の悪化ないし長期化については、原告が同事故による受傷後入院をなし得ず、復職を希望しながらも身体的に思うようにならないことなどから精神的に落ち込んだ状態になる中で、高血圧症が少なからず寄与したため、自律神経系症状をも来して難治化するようになつたと認めるのが相当である。

なお、甲一〇号証の記載内容は、以上の認定判断を左右するにまでには至らない。

3  そうすると、原告の高血圧症及び心因的要因は全体として前記のような症状の長期化ないし悪化に寄与したというべきであるから、原告の損害額の算定においては、これら要因が損害の拡大に寄与したものとしてこれを斟酌するのが相当であり、これまでの全認定説示に照らして考えると、右寄与の割合はこれを二五パーセントとするのが相当である。

そこで、前記三7の損害額金八四八万三七九九円から、右割合に従つて減額すると、原告の損害額は金六三六万二八四九円となる。

五  損益相殺

原告が本件事故による損害の填補として被告側から金一六九万六三〇八円、労災保険から金二〇九万四一二三円の支払を受け、また、勤務先において一時期就労したことによつて給与として金一四万〇五〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

そこで、前項の損害額から、右填補合計額金三九三万〇九三一円を控除すると、金二四三万一九一八円となる。

六  弁護士費用(請求額金一〇五万円) 金二五万円

本件事案の内容、訴訟の審理経過及び右認容額によると、本件事故と相当因果関係があると認めるべき弁護士費用の額は、金二五万円が相当である。

七  以上によると、原告の本訴請求は、金二六八万一九一八円及びこれに対する本件事故当日である平成元年一月一五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 安浪亮介)

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